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<スーダンは今>
2003年2月、スーダンのダルフール地方で内戦が勃発した。
もともとは遊牧民と農民の抗争

2003年2月、中央アフリカ、スーダンのダルフール地方で内戦が勃発した。

ダフール地方はフランスの国土の3分の2に相当するほど広大な地方で、今でもSLA(スーダン人民解放軍・解放運動)とスーダン政府間の激しい戦闘が続いている。

この内戦は、アラブ系遊牧民とアフリカ系農民の間で毎年発生する抗争に端を発している。アラブ系遊牧民たちは放牧地を探して、アフリカ系農民たちが耕作した土地を牛を引き連れて横切る為である。

この地域はスーダンの政策上重要視されておらず、それゆえ首都ハルツームのスーダン政府(アラブ系)から無視されていると感じるダルフールで農業を営む住民(アフリカ系)は不満を増大させてきた。

2003年はじめより政府側アラブ民兵とアフリカ系ダフール住民の間に小競り合いが続いいてきた。

2003年2月戦闘のエスカレートとともにSLA(スーダン人民解放軍・解放運動)がアフリカ系住民により結成され、政府軍との間で激しい戦闘を開始した。


親政府アラブ民兵の残虐行為で事態は悪化
この戦争の実態に関する報告から特に憂慮すべき状況がうかがえる。この地域で援助活動を許可された数少ない組織の報告では、

「政府系アラブ民兵による空爆やレイプ、略奪、殺人、村々の焼き討ちといった、市民に対する攻撃が数多く行われている。」


       焼き討ちにあった村(2004年4月)

2003年ダルフールを追われた人々は数十万人にのぼると見られる。

多くはスーダン国内やチャド北部に難民として流れた。難民のうち75%は女性と子どもである。そして多くの女性は、家畜が盗まれないよう守るためにあとに残った夫の居場所を知らない。

さらに戦闘は作付けの時期に発生したため、2004年深刻な食糧不足に陥った。


2003年9月に停戦合意がなされるも破られ続けている、

2004年3月
国連は現在、スーダン国内の避難民は70万人、隣国チャドに逃れた難民は14万人にのぼると見ている。

  
 5歳未満の子供の為の食料の配給に集まった人々

2004年7月
難民は推定で120万人いると見られる。食料、衛生、水問題は深刻で、その5%が重度の栄養失調を呈していると言われる。医師は5万人に1人しかおらず、多くの人は家で亡くなっている。


 
 水不足と食糧不足の為に死亡した大量の動物


避難キャンプでの新たな問題
難民が避難したチャド北部でさえ、安全ではない。チャドの現地人は大量の難民流入に危機を覚え、危害を加えたり、国境越えを妨害し始めている。

遅すぎた国際社会の注目もまだ充分でない

「ここは安全ではありません。水を汲むために行くと、暴行や銃撃を受けます。今朝も銃声が聞こえましたが、いつもこんな状態です。難民を恐がらせて、国境を越えさせないように撃っているのです。」
チャドに避難した男性(2004年5月)



「チャドに逃げるためにいろんなルートを試しましたが、国境はどこも封鎖されていました。結局、暗やみのなかブッシュに隠れて、辺りが静まり返るのを待って国境を越えました。子どもを連れていたので、とても怖かったです。ここチャドではスーダンにいたときよりはいくぶんか安心できます。」   
チャドに避難した女性(2004年5月)





スーダン内部の難民キャンプは更に深刻です。
キャンプでは援助の食料が圧倒的に不足しており、多くの栄養失調者を出している一方、キャンプの外には多くの村々を焼き討ちしたアラブ系民兵がいるため、外に食べ物や薪を探しに出ると暴行を受けます。

遅すぎた国際社会の援助もまだ充分でない
 
       給水による配給を待つ人々


  
         弟に食事を与える少女

 
 臍の緒が付いたままの新生児(難民キャンプにて)

     
     栄養失調で治療を受ける子供


     
   子供の栄養状態は特に深刻化している。


国連の動き
2004年7月30日
国連安全保障理事会は、スーダン西部ダルフール地方の紛争をめぐり、スーダン政府に対し、30日以内に民兵の武装解除と訴追を行うよう求めた決議を賛成13、反対0、棄権2(中国とパキスタン)で採択した。

 一方、スーダン政府は、決議を「見当違い」として拒否した。

 スーダン政府に対する処罰については、明確に特定されておらず、制裁が発動されるかは疑問が残る。米国と欧州の同盟国は安保理内で強く抵抗を受け、票を獲得するため決議案の表現で大きく譲歩せざるを得なかった。

 決議の採択前、決議案から論争を巻き起こしかねない「制裁」という文言を米国が削除した経緯がある。

2004年8月29日
スーダン政府と反対勢力がナイジェリアで行っていた和平交渉は、西部ダルフールの人道問題への対応をめぐって物別れに終わった。

 18カ月に及ぶ紛争で、これまでに100万人以上が難民となっている。

 反政府勢力「正義と平等運動」(JEM)の交渉責任者は、「各キャンプにおける人道状況の改善について、われわれと政府の間には大きな意見の隔たりがある」と語った。

 反政府勢力と政府はこの日、アフリカ連合(AU)に対し、ダルフールの人道状況に関する分析結果を個別に提出した。


2004年8月30日(国連設定の期限日)
スーダン西部ダルフール地方の人道危機対策実施のため、国連が設定した期限が30日に切れたが、国連当局者は、暴力が終息したと言うには程遠い状況と話している。

 アフリカ連合(AU)の議長を務めるオバサンジョ・ナイジェリア大統領は、ダルフールの反対勢力の主張通り、先週政府軍が民間人に新たな攻撃を加えたことをAU監視団が確認している、と述べた。

 オバサンジョ大統領は、政府と反対勢力が和平交渉を行っている、ナイジェリアの首都アブジャで記者会見し、「AU停戦監視委員会の委員長から、政府軍による攻撃の確認を受けた」と語った。


2004年9月5日
国連は5日、スーダンの北ダルフール州での武力攻撃のため家を追われた住民が、2004年8月末以来数日間で3000人以上にのぼっていることを明らかにした。

 国連の報告によると、北ダルフール州南部の村が攻撃を受けているが、国連当局者は背後にある勢力は不明としている。

 報告は、「村に対する攻撃で、3000―4000人が家を追われている」とした上で、その約半分は難民キャンプに移送された、と付け加えた。さらに報告は、「北ダルフール州南部で、急激に攻撃が増加している」としている。
2004年9月18日

[国連 18日 ロイター] 国連安全保障理事会は18日、スーダン政府が同国西部ダルフール地域で起きている紛争と非人道行為を防止しない場合、石油輸出禁止などの制裁措置を警告する決議を採択した。同地域では、アラブ系民兵がアフリカ系住民に対する迫害を続けている。

 採決は賛成11カ国、反対はゼロ。中国、ロシア、パキスタン、アルジェリアは棄権した。

 米国などが提出した決議案では、アフリカ連合の監視部隊拡大、大量虐殺を含む非人道行為に関する国際的査察を求めている。

 アフリカ連合は、現地調査と監視のため、3000人の部隊を派遣する見通し。

2004年9月23日
[国連 23日 ロイター] アフリカ連合(AU)はスーダン西部ダルフール地域で続いている紛争や人道危機を食い止めるため、現地に3000人―5000人の部隊を派遣する。

 AUで主導的役割を果たしているナイジェリアのオバサンジョ大統領が23日、記者会見で語った。

 派遣国は、ナイジェリアとルワンダを含む5カ国となる見通し。

 国連安全保障理事会は18日、スーダンに制裁措置を警告する決議を採択したが、この中にAUの監視部隊拡大の要請が盛り込まれていた。

 ナイジェリアは先進国側に対し、派遣費2億ドルの拠出を求めている。カナダのマーティン首相は20日、1600万ドル相当の支援を確約した。